【DCMコラム】日本の観光をひも解く:インバウンド回帰の“いま”を読む - (最終回)観光は、誰のために設計されるべきか

【DCMコラム】日本の観光をひも解く:インバウンド回帰の“いま”を読む - (最終回)観光は、誰のために設計されるべきか

――モントリオールとヘルシンキに見る、生活者視点の観光設計と日本の課題

1|観光と生活が交差する場所で起きていること

観光が地域に与える影響は、観光地の中だけで完結するものではありません。実際には、駅周辺や商業エリア、住宅地といった、生活空間と観光動線が重なる場所で、違和感や摩擦として表面化します。観光客にとっては通過点であっても、そこは住民にとって日常の生活空間です。

オーバーツーリズムの議論が進む中で、こうした生活空間への影響をどう捉えるかが重要な論点となってきました。単に観光客数を抑えるかどうかではなく、観光と生活がどの地点で、どのように交差しているのかを丁寧に見ていく必要があります。その視点から注目されているのが、生活者視点を起点に観光を設計しようとする考え方です。 本稿では、モントリオールとヘルシンキの事例を手がかりにこの考え方を整理し、あわせて日本政府が掲げる第五次観光立国推進基本計画の方向性と課題についても触れます。

2|モントリオールとヘルシンキに見る「生活者起点」の設計

カナダのモントリオールでは、観光を都市経済の重要な要素と位置づけながらも、住民生活との距離感を常に意識した運営が行われてきました。音楽祭や文化イベントが数多く開催される都市でありながら、開催場所や時間帯を分散させることで、特定の地域や時間に人が集中しすぎないよう配慮されています。交通動線や公共空間の使い方についても、生活者の利用を前提とした設計が重視されており、観光客の利便性向上が必ずしも住民生活を犠牲にしないよう、段階的な調整が積み重ねられてきました。

フィンランドのヘルシンキでは、観光政策が都市の生活設計と密接に結びついています。公共交通・公共空間・デジタルサービスは、まず市民の日常を支えるインフラとして整備され、その延長として観光客にも利用されています。観光客向けに特別なルートや仕組みを設けるのではなく、生活者と同じルール・同じサービスを共有することが基本です。その結果、観光客は都市の日常に自然に溶け込み、過度な混雑や摩擦が生じにくい構造が保たれています。

両都市に共通しているのは、「観光のための設計」を出発点にしていないという点です。生活者が使いやすい都市を先に設計し、その構造の中に観光を組み込む。この順序が、持続可能な観光のあり方を支えています。

3|日本政府の指針と、残されている問い

2026年3月、日本政府は第五次観光立国推進基本計画を閣議決定しました。2030年までに訪日外国人旅行者数6000万人・旅行消費額15兆円を目標に掲げつつ、新たな柱として「インバウンドの受け入れと住民生活の質の確保との両立」を明記しました。オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策の全国展開や、地方分散の推進、予約制の導入推進なども盛り込まれており、従来の「誘客拡大」一辺倒から、住民との共存を意識した方向への転換が読み取れます。

方向性としては、モントリオールやヘルシンキが実践してきた「生活者視点」に近づいてきたといえます。しかし課題も残ります。その計画には、200近い具体策が列挙されており、施策の数は多い一方で、全体を束ねる設計思想が見えにくい。前回のコラムで触れたように、予算の執行構造は依然として補助金中心であり、地域が主体的に長期戦略を立てるための裁量が十分に確保されているとは言いにくい状況です。

「住民生活との両立」を政策の柱に据えることは重要な一歩です。ただ、それが現場で機能するかどうかは、制度・予算・運用が一体として設計されているかどうかにかかっています。その問いへの答えは、まだ積み重ねの途中にあります。

4|【最終回】このシリーズを通じて見えてきたこと

このシリーズでは、フランス・イタリアの「制御」、韓国・英国の「制度とDXの接続」、そしてモントリオール・ヘルシンキの「生活者視点」と、それぞれ異なる切り口から観光のあり方を整理してきました。国や都市によってアプローチは様々ですが、共通して浮かび上がるのは一つの構造です。「何を守り、何を実現するか」という問いが先にあり、デジタルや施策はその後に続く手段である、ということです。

翻って日本を見ると、この順序がしばしば逆転しています。施策やツールが先行し、それを束ねる設計思想が後回しになる。地域ごとに個別最適が積み重なり、全体としての接続が弱くなる。この構造は、観光政策に限らず、日本のDXや地域振興全体に通底する課題でもあります。

観光は、経済指標だけで測れるものではありません。地域に住む人々が誇りを持って暮らせること、訪れた人が本物の体験を得られること。その両立を実現するための設計を、関係者が共通の言語で議論できる土台をいかに整えるか。それが、これからの観光政策と実践に問われていることだと考えます。

DCMの取り組みについて

生活者視点から観光を考えることは、観光施策だけで完結するものではありません。都市計画、交通、デジタル、地域経済など、複数の分野が重なり合う領域です。

DCMでは、こうした国内外の事例や議論を整理し、自治体や事業者、関係するDX・IT企業の間で共有するための視点づくりを行っています。明確な正解を示すというよりも、関係者が共通の前提を持って検討を進めるための土台を整えることが重要だと考えています。

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観光DXや制度設計、関係企業との連携に関するご相談は、DCMまでお問い合わせください。

2026年6月1日