――補正予算225億円から読む、日本のインバウンドの現在地
1|「回復した」という言葉は、何を意味しているのか
「インバウンドは回復した」

近年、このような表現を目にする機会が増えています。国際情勢や為替変動、国・地域間の関係性など、観光を取り巻く環境が必ずしも安定しているとは言いがたい中にあっても、「回復した」という言葉が広く使われるようになってきました。実際、訪日外国人数は大きく回復し、都市部では混雑が日常の風景となっています。しかし、この「回復」という言葉は、何をもって回復と定義しているのでしょうか。
日本の観光を語る際、最も分かりやすく、共有されやすい指標は訪日外国人数です。日本政府観光局(JNTO)をはじめ、多くの公表資料も人数を中心に構成されています。ただし、人数は観光の一側面にすぎません。観光が社会や経済にもたらす影響を考えるとき、人数だけで「回復した」と言い切ってよいのか、立ち止まって考える必要があります。
回復という言葉が、いつの間にか「人が戻ったかどうか」を指す表現として使われているとすれば、私たちは日本のインバウンドの姿を、かなり限定的な角度から捉えていることになります。国際的に見ても、同様の問題意識は共有されつつあるからです。例えば、国連世界観光機関(UNWTO)や欧州観光委員会(ETC)では、訪問者数そのものよりも、滞在の質や経済波及、地域への持続的な効果を重視する方向へと、評価指標の見直しが進められています。
2|補正予算225億円が語る、日本のインバウンドの現在地
そのヒントは、政府の動きに表れています。
インバウンドが「回復局面」に入ったとされる中で、観光分野には約225億円規模の補正予算が計上されました。注目すべきは、その使途です。予算は単なる受け入れ人数の拡大ではなく、地方誘客、周遊促進、消費の質の向上といった分野に重点的に配分されています。
これは、政策側がすでに「人数が戻れば十分」とは考えていないことを示しています。訪日客が増えても、消費が特定の場所や時間帯に集中すれば、混雑や摩擦だけが顕在化します。一方で、地域や経済全体への波及が限定的であれば、回復の実感は広がりません。
補正予算の構造から読み取れるのは、日本のインバウンドがいま、量の回復から質の再構築という次の段階に差しかかっているという現実です。人数の回復は重要な一歩ですが、それだけでは観光の「回復」を説明しきれない局面に入っているといえます。

3|回復を問う前に、何を見て日本の観光を語るべきか
では、日本の観光をどこから見ればよいのでしょうか。
観光地や都市部だけを切り取っていては、全体像は見えてきません。訪日客の移動や消費は、観光地の内部だけで完結しているわけではありません。交通の結節点、通過空間、そして生活圏と観光が重なる場所でも、経済活動は確実に生まれています。
「回復したかどうか」を問う前に、「どこで、何が、どの程度回復したのか」を見極める視点が求められます。その視点が欠けたままでは、混雑や不満といった現象だけが先行し、構造的な課題の解決にはつながりません。
次に問うべきは、人は何を見て日本を選び、どの段階で「行こう」と決めているのかという点です。旅の意思決定が行われる“旅マエ”の構造をひも解くことが、日本のインバウンドを次の段階へ進めるための入口となります。
次回予告
次回は、訪日客が日本を選ぶまでの「旅マエの意思決定」に着目し、観光DXが果たしている役割と、その限界について整理していきます。
2026年1月1日

