【DCMコラム】日本の観光をひも解く:インバウンド回帰の“いま”を読む - (第3回)観光客は「どこで」つまずいているのか

【DCMコラム】日本の観光をひも解く:インバウンド回帰の“いま”を読む - (第3回)観光客は「どこで」つまずいているのか

――バルセロナとアムステルダムに学ぶ、旅ナカと都市の摩擦

1|オーバーツーリズムは、いつから「問題」になったのか

オーバーツーリズムという言葉が広く使われるようになったのは、2010年代半ば以降です。背景には、LCCの拡大、クルーズ船の大型化、民泊の急増などがあり、都市部を中心に短期間で観光客が集中する構造が生まれました。

中でも象徴的な都市が、バルセロナとアムステルダムです。バルセロナでは2014年頃から、観光客の増加に伴う騒音や住宅問題が市民生活に影響を与え、抗議活動が目立つようになりました。アムステルダムでも2013年以降、中心部への過度な集中が問題視され、観光と生活の摩擦が顕在化していきました。

重要なのは、これらの都市が「観光に失敗した都市」ではない点です。むしろ、観光の成功が早かったがゆえに、制御の仕組みが追いつかなかった都市だといえます。

2|バルセロナとアムステルダムがたどった調整のプロセス

バルセロナでは2015年、宿泊施設の新規許可を一時的に停止し、その後2017年に都市観光宿泊計画(PEUAT)を導入しました。これは、地区ごとに宿泊施設数を制限し、観光と居住のバランスを再設計する制度です。この取り組みは、UNWTOや各種国際レポートでも、「住民生活との衝突を経験した都市の対応例」として整理されています。

一方、アムステルダムでは2018年に「City in Balance(都市と観光の均衡)」戦略を打ち出し、観光マーケティングの抑制、クルーズ船の受け入れ制限、観光税の引き上げなどを段階的に実施しました。これらの動きは、欧州観光委員会(ETC)がまとめるオーバーツーリズム対策事例の中でも、代表的なケースとして紹介されています。

両都市に共通しているのは、対策が一度で完結したわけではない点です。住民の不満が可視化され、データが整備され、試行的な制限が行われ、それが制度として定着していくまでには、おおむね10年近い調整の時間がかかっています。

こうした構造は欧州でも共通しており、2026年2月に行われた、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックでは、都市間分散型開催という設計が採られました。大量来訪を前提とした都市設計が、短期イベント後もどのように持続可能性へ接続されるのかが、今後の焦点となります。

3|旅ナカの課題は「人数」ではなく「接続」にある

これらの事例から見えてくるのは、旅ナカの課題が単純な人数の問題ではないということです。問題となったのは、「いつ・どこに・どのように人が集中するのか」という行動の偏りでした。交通、宿泊、観光施設、生活動線がうまく接続されていない状態では、現地での小さな滞留が積み重なり、混雑や摩擦として表面化します。

旅ナカとは、観光客が初めて都市の日常と交わるフェーズです。その設計が曖昧なままでは、観光の評価は下がり、住民の不満も蓄積していきます。オーバーツーリズムは、旅ナカの設計不全が時間をかけて可視化された結果だと捉えることもできます。

DCMの取り組みについて

観光をめぐる課題は、旅マエ・旅ナカ・旅アトといった区分をまたいで現れます。それぞれを個別に見ているだけでは、全体像が共有されにくいのも事実です。

DCMでは、こうした議論や事例を整理し、自治体や事業者、関係するDX・IT企業の間で共有するための取り纏めを行っています。課題の全体像を一社で把握することは容易ではありませんが、関係者が共通の認識を持つための整理や橋渡しは、今後ますます重要になると考えています。

📩 お問い合わせ:info@dcmjapan.com

次回予告

次回は、フランス・イタリアの事例を手がかりに、文化資産と観光制御の関係について整理していきます。

2026年3月1日